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2019年1月30日(水) 新春講演会「匠の技の保存継承」報告

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新春講演会「匠の技の保存継承」報告

 日本色彩学会創設70 周年記念として関西支部は2019 年1月12 日に京都工芸繊維大学松ヶ崎キャンパスにおいて新春講演会を開催した。講師らが2004 年から科学研究費を得て行ってきた伝統産業技能の保存と継承に関する研究成果の一部を紹介した。参加者は39 名であった。講演と質疑の内容を報告する。


・森本一成(京都工芸繊維大学 名誉教授)「技能の保存継承のための技能素からのアプローチ」

 技能に潜む勘やコツを明らかにする方法や、技能を容易に伝承するための理解しやすく動作等を提示する手法の開発が待たれている。本講演では、技能素による技能の保存継承の考え方について述べた。まず、技術・技能の保存継承の実態を分析し、技能の伝承が進まない原因として技能伝承が評価されないため技能伝承のモチベーションが弱いこと、作業のビデオ録画をしたが使われていないこと、科学的な解析やデータベース化がなされていないことなど多くの指摘がされていることを述べた。次に、2019 年度から職人の技をAI で分析し保存する取組みを行うとの報道(総務省)もあることなどから、今後は技術・技能伝承を進める方法の確立と有用なビッグデータを収集するための技能の計測データの標準化が必要になることを述べた。また、暗黙知の言語による形式知化に加えて、数値データでの表現ならびに両者の関連性の分析の必要性も指摘した。さらに、これまで進めてきた技能の保存継承のための多機能アーカイブの構築について説明した。そこでは、生体信号(筋電図・脳波・心電図・眼球運動・血流など)と3次元動作データとの関連性の分析を行うとともに、タイミングやリズムの定量的評価も行った。また、生理計測と並行して作業時の発話プロトコルの収集、心理的計測データも取得し、技能の分析に用いた。高度な技能の基礎的要素である技能素に関しては、「間」「按配」「タメ」「キレ」に着目した。例えば、共同研究者の宝珍輝尚教授が茶道のお点前を対象として「間」に着目し、基本動作が低次の周波数成分のみで比較的容易に抽出が可能なことを明らかにしたことなどを紹介した。加えて、その他の本学の共同研究者3 名の研究成果の一部も紹介した。岡夏樹教授(伝統技能の「間」と「案配」を活用したロボット技術)、小山恵美教授(技能の習熟過程における脳波等の計測)、荒木雅弘准教授(エージェントによる動作実演と音声コマンドによる動作学習支援システム)。


・芳田哲也(京都工芸繊維大学 教授)「動作計測や心理的計測から明らかになった匠の技(土壁、お茶、和菓子など)の特徴」

 匠の技は対象によって特徴が異なるため、ある特定の測定だけでそれを捉えることはできない。本講演では、複数の匠から得た身体動作データ、筋電などの生理的データ等から高度熟練技能者における「匠の技」を詳細に観察し、作業や動作時の特徴について解説した。 匠の技には、@「再現性が高い」A「作業時には一定のリズム(間)がある」B「作業姿勢が良い」C「よく見ている」D「作業状況や自然環境の変化に適応している」など、高度熟練技能に共通する作業時の特徴がみられ、さらにE「匠の技」を有する親方のほとんどは安定・積極型の性格を有し、長年の人生経験から「人格者」として完成された性格である親方が弟子を育てていることが推察された。これらの特徴は、匠の技の作業動作はリズミカルで連続しており、その繰り返しによる試行錯誤から疲労が少なく効率の良い作業姿勢を獲得していることが原因と考えられる。さらに完璧に近い製品を作るためには、自然環境を利用し臨機応変に作業内容を調節することも匠の技の重要な要素である。
 講演後のフロアーからの質問では「一定のリズム(間)」に関する内容が多く、間の定義や意義等の有意義な議論が行われた。また、熟練者と素人を比較するのではなく、弟子と親方との比較も重要であるとの意見もあった。本研究で示したデータは素人が匠の技を獲得するための第1歩として、匠の技を理解し実践するために有効活用できると考える。匠の技をある程度身につけた弟子が親方に近づき追い抜くには、本人の努力と創意工夫が必要と多くの親方は考えているようである。弟子が親方に近づく技の獲得過程を本研究で用いた実験・調査方法を用いて解明するのは容易ではなく、今後の更なる研究の推進が必要と考える。


・野宮浩揮(京都工芸繊維大学 准教授)「お点前の動作の特徴解析とビデオへのアノテーション挿入・表示システム」

 技能の保存・継承のためには、様々な計測データを適切にアーカイブ化して保存することが重要である。さらに、単にデータを保存するだけでなく、それぞれの技能における重要な動作の特徴を解析し、明らかにすることによって、技能習得の支援につなげることも肝要である。本講演では、はじめに、モーションキャプチャにより取得したお点前の動作について、データを簡潔な形でアーカイブ化するためのデータ処理手法と、機械学習を用いて、お点前における動作の特徴を解析した結果について述べた。
モーションキャプチャデータから得られる3 次元空間上で表される身体の各部位の座標の時系列データを量子化することにより、動作の特徴をできるだけ維持しつつ、データ量が少なく、簡潔なデータに変換する手法を示した。このデータを用いて、機械学習により、お点前の基本動作を識別する決定木モデルを構築した結果を示した。構築した識別モデルからは、柄杓や帛紗を用いた動作は比較的特徴を捉えられている一方、「間」は特徴を捉えることが難しいことが明らかになった。
 次に、熟練者と非熟練者の違いや、「キレ」の有無による違いなどを人手により確認するためのビデオへのアノテーション挿入・表示システムについて解説した。2 種類のビデオを同時に再生し、それぞれのビデオに対して、現在どのような動作をしているかということや、「タメ」や「キレ」が生じていることをリアルタイムにビデオに重ねて表示するデモを行った。
 講演後の質問として、モーションキャプチャデータの原点の位置に関する問いがあった。現状、原点の位置はキャプチャシステムから得られるものをそのまま用いているが、質問の際の指摘にあったように、身体部位のうち、位置の基準となる部位を原点とすることにより、動作の特徴をより良く捉えられるようになる可能性があると考えられるため、今後の検討が必要であると考える。また、本講演で扱ったモーションキャプチャデータは、実質的に技能者のみがお点前の動作を行うものであったが、「間」をはじめとした多くの動作については、技能者だけでなく、もてなす相手の存在も非常に重要である点についての指摘があったため、今後はこれらも考慮して、より適切な動作の分析を行っていく必要があると考えられる。


・渋谷 雄(京都工芸繊維大学 教授)「技能習得支援のための仮想鏡システムと技能の保存継承のこれから」

 身体動作の学習支援システムとして開発した「仮想鏡」について、システム構成及び表示内容を、ビデオを交えながら説明した。鏡を見るかのようにして学習するというコンセプトは理解いただいたと感じている。なお、質疑において、「仮想鏡では、学習者と教育者の大きさ(サイズ合わせ)はどうしているのか?」に対する当日の私の回答は不十分であり、後日確認したところ、学習者の肩の位置に記録済みの先生の肩の位置を合わせており、近似的ではあるが先生の大きさも補正していた。また、「タイミングを音で教示するのは良いが、どのような音か聞かせて欲しかった。」というリクエストには準備不足のため応えることが出来ず申し訳なかった。
 なお、「仮想鏡」について更に補足させていただく。「仮想鏡」は、動作学習を支援するシステムである。「仮想鏡」では、モーションキャプチャ装置を用いて手本とする動作、教師動作を記録しておき、学習者の動作の映像に学習者自身の骨格と教師動作の骨格を重畳してリアルタイムに表示する。重畳表示により、複数の対象に注意を向ける必要がなくなり、動作を実践しつつ誤りの確認が行いやすくなる。また、効果的な学習のために、誤りの確認を行いやすくすることに加え、動作の大事な部分を意識して学習することが出来るようにしている。関連研究では、熟練者とそうでない人の動作における差は、身体部位が動きだすときや身体部位の静止にみられるという報告がなされており、動作学習を支援するためには動き出してからの関節位置の変化やそのタイミングを学習できる必要があると言える。そこで、「仮想鏡」では、矢印により動き出し、骨格モデルの色の変化により停止を可視化している。これら可視化を行うことにより、単に重畳表示を行う場合よりも効果的に動作を学習できる。さらに、音の再生開始タイミングで動作の開始を、再生停止で動作の停止し、周波数の変化により速度の変化を提示する。
高速になるほど高音を再生するとし、300~1500Hz の範囲の音を提示する。

(総合討論) 講演内容について意見交換と質疑応答が行われた。その一部を紹介する。
・漆の色の計測について、用いた計測法では漆表面の凹凸の影響を受けるので注意が必要との指摘があった。計測器の特性を理解して計測することの重要性の指摘であった。
・複数のジャンルの職人の計測をしているが、計測の承諾はどのようにしているのかとの質問があった。確かにこのプロジェクトを始めるに際して技が数値化されることに危機感をもたれる方もいたが、何度も足を運び技の保存継承の重要性を説明し理解してもらった。
・講演で紹介された技能者の事例は動作する側の計測であったが、対象物の方にセンサーをつける必要性について指摘があった。操作対象物の変化に応じて動作をするのであるから、対象物の変化と動作の関係を調べることの重要性は認識しているが、対象物が変形することなどにより計測が困難なため手つかずの状態である。
・「仮想鏡」における音の効果について質問があった。ステレオタイプの利用やマルチモーダルインタフェースにすることで一般的にわかりやすさは向上する。音の種類に関しては、操作音や警報音に関する標準化はされているが技能の学習用システムに使う音や色の変化に関する標準化は全く検討されていないので、今後の課題である。また、操作と表示インタフェースの設計にも検討が必要と考えている。
・技能の学習には型の習得が重要ではないかとの指摘があった。全くその通りでビデオ映像だけでなく身体動作の位置データや生理的データとの関連を検討できることが必要と考えているが、型が技の心を作るという視点での心の計測は未開拓の領域である。
・技能の保存継承の今後について、講演で紹介した雰囲気計測装置で何を計測するのかとの質問があった。技能者は対象と対話をしながら作業するが、その時の技能者の持つ雰囲気(表情や息遣いなど)が重要と考えている。また、作業環境も雰囲気と捉え技能に与える影響も考慮する必要がある。その理由は講演でも述べたが、技能者から実験室ではなく実際の作業場でないと真の技能の測定はできないと指摘された。
2019.01.23


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